木曜日

「老い」


51才の誕生日の前日に心臓手術をしたので、

次の誕生日で丸11年だ。子供のころから持久力が

なく、自身の体に違和感はあったが、「根性がない」と

自身で決めつけていたので、不定期に訪れる眩暈や

動悸(頻脈)なども、運動不足や酒・たばこのせい

とばかりに健康診断も受けずに過ごしていた。

 

運転中に左右の焦点が合わずに焦ることもあり、

就寝中のこむら返りや、階段での息切れなど、脈拍が

常に100を超えだした頃、会社から健康診断の案内

がタイミング良くあったので、行ってみた。

 

胸からの雑音を指摘され、市民病院での精密検査と

なった。

 

若い医者とナースの会話が聞こえる。

「あ~、症状がはっきり出ているね」

「これはよく持ったものだ」

「いつ、ぽっくりいっても不思議ではないね」

 

デリカシーのない二人の会話に不信感は強まり、

この病院の前年度の手術実績をみると12例ほど

しかない。それも近隣の府立病院からの応援手術の

ようだ。その場でセカンドオピニオンを伝えると、

不機嫌な口調で、この病院での手術を薦められた。

 

紹介状は無かったが、県内にはTVなどでも紹介され

た腕の良い医師がいると、高校時代の友人の看護師の

奥さんからの情報で、飛び込みだが、ある病院で診察

をしてもらった。

 

その医師が心臓血管外科の担当として就任してから

年間20例の実績から一気に10倍の手術例となり、

私が診てもらった前年には年間350回の手術例と

なっていた。ほぼ毎日1件だ。

 

経験値の少ない、どんなに善良な優しい医者よりも

根性が悪く意地悪な医者でも、手術経験値の多い医者

が良い、のはこちらの命がかかっているので当然だ。

 

外科の医者は職人と一緒だ。手先が器用で経験豊富な

方がいいに決まっている。

 

診断時の話し方、雰囲気、症例の説明や今後の手術の

方向性や術後の問題など、納得の説明対応だ。

その日に、ここでの手術を決め、覚悟した。

 

それから12年目になろうとしている。

当時の担当医や受付の事務員さんも順番に移動や退職

となり、今は顔なじみのない受け付けや新任の若い医者

達がモニターを見ながらの診療で世間話もなく、待ち

時間90分、診察時間5分の毎回の理不尽さに、先日は

さすがに今後の病院の変更を考えた。

 

元々はこの病院は高度医療の専門病院なので、術後に

必要な定期検査(血液検査)は自宅近くの病院へ紹介する

との説明だったのが、ずるずると11年間継続している。

 

前任者のカリスマ性のある医師が辞めてからは明らかに

患者数(客数)の減少が、訪れるたびに顕著だ。

 

今後もし、再手術が必要になったら、どうしよう。

この数年のこの診療科の雰囲気を見ていると心配だ。

 

私の大動脈弁はカーボン製の人工弁なので、耐久性は

半永久的でもあるが、感染症や抗血液凝固剤の関係で

人工弁に感染や血栓が付き、新たな人工弁の交換も

無きにしも非ずだ。

 

だが反面10年も経過し慣れてしまった。

食事規制で術後5~6年は、まったく食べなかった納豆も

月に数回は食し、胸部の痛みでうつぶせ寝が出来なかった

のも、この数年は平気になった。

胸の縦20センチの傷跡は、上部にケロイドは残るが、腹部

は薄く線のような跡のみで、縮小してきている。

 

毎日飲む8.5錠の4種類の薬がなければ、大きな手術の

記憶も薄れていきそうだ。

 

薄れていく記憶。

いろいろあった過去の出来事も、だんだんと現実感がなく

なり、忘れていくのだろう。

新たな出来事や人との出会いがあり、新たな記憶や歴史を

重ねていかないと、人はどんどん老けていくのだね。

 

「老い」は、まだまだ、だと思っていた。

1985年上映のロンハワード監督 COCOON(コクーン)

という映画はまだ20代の自分には登場してくる老人たちや

宇宙人との交流に面白さを感じたが、テーマの根底にある

「老いとは何か」

には今一つピンとこなかったように思う。今の年齢で観ると

どう感じるだろうか。

 

不老不死や老いていく恐怖は手塚治虫の「火の鳥」などで、

どの時代を通しても普遍的に出てくるが、生や若さへの執着心は

権力者ほど強く描かれる。

以前いた会社の90才近いオーナーは、自分の子供の葬式は

自分がみると豪快に宣言し、孫のような若い女性を囲って

いたが、残念ながら子より先に逝ってしまった。

 

権力欲、金銭欲、性欲、食欲・・・強欲な人間ほど生に限らずに

何でも執着心が強くて際限がない。

 

自分は不老不死にはなりたくないが、老いていくほど確かに

若さへの執着は出てくるね。体力的にはいつまでも若くいたい。

頭髪は白くなっても良いが、禿げたくない。

いつまでも自分で歩いて、下の世話にはなりたくない。

 

最新の科学では「老い」は病気と捉え、「治療」すれば、改善され

ていく未来が来るそうだ。

 

果たして人間の寿命はいくつ位で適当なのだろう。

まあ、諦(あきら)めた時が、その「とき」になるのだろう。



 


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