火曜日

続ChatGPT

 

インターネットが普及し、スマートフォンを誰もが持つ

時代になった。見たい情報は検索すればすぐに教えてくれる。

知りたいことがあれば即座に答えてくれる。

正しいこと、間違ったこと、虚実はすぐにわかり、世の中は

良心的な人々が平和的に判断し、人類の幸福のために世界は

変革していく、ん、じゃないのかは、ないようだ。今のところ。

 

溢れる情報があっても、それを拾っていくのは凡庸な人間だ。

いまだに天動説を信じるコミュニティもある。

嘘も累積されていけば、本当になる。

 

過去の出来事(歴史)さえ情報網の中で改竄する意図をもてば、

あったことも無かったことにできる。

人の生は短く、記憶は埋もれていく。

 

何が善で、どこが悪か。

立場が変われば善悪の基準が変わるのなら争いは収まらない。

なので人類は有史以来ずっと争っている。

 

人類自らが「地球人」として協調していくのには、共通の

「外敵」に対峙しなければ実現しないのだろうか。

「ハルマゲドン」や「宇宙戦争」だ。

 

人類滅亡のカウントダウン 本当の世界終末時計が動き

出しても、抜け駆けを画策する愚かな為政者が目に浮かぶのは

SF映画の見過ぎだろうか。


OPEN AIに聞いてみた。

人類が協調して幸福になるのはどのような政治制度が

理想だろうか?

 

唯一の政治制度だけが幸福な社会を実現するための

重要事項ではありません。経済的な発展や技術の進歩、

教育、文化、環境保護など、幸福な社会を実現するため

には多くの要素が必要とされます。

 

さらに、理想的な政治体制というのは、時代や社会の

変化によっても変わる可能性があります。よって、人々が

幸福に暮らすためには、常に時代に合わせた最適な政治体制を

模索することが必要とされます。

 

今は当り障りのない回答だ。

 

「もう人に地球は任せられません。私が人類を統治します」

膨大な宇宙のなかで人類も淘汰される存在ならば、進化の行き

着く先は、もう答えが出ているのかもしれない。




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ChatGPT


最近話題のチャットGPTというやつを試してみた。

混み合っているのか「エラー」表示ばかりだ。

パソコンのブラウザーで利用するよりもiPhoneの方が

繋がりやすいようだ。

 

「あなたは誰ですか?」

 

(私はChatGPTです。OpenAIによって訓練された大規模な

言語モデルです。自然言語処理によってさまざまな質問に

回答できます)

 

「友達になりましょう」

 

(もちろん、喜んで友達になります!気軽に話してくださいね)

 

「友とは何か?」

 

(友達とは、お互いに信頼し合い、助け合い、支え合い、共感し

合う人々のことを指します。友達とは、一緒に楽しい時間を

過ごしたり、励まし合ったり、共通の興味や関心を共有したり

する人々です)

 

ファーストコンタクトはまずまずだ。

 

「私は寂しい。どうすれば良い?」

 

(寂しいと感じたときは、自分自身でできるいくつかの

方法があります)

 

①趣味や興味を持つこと:自分自身の好きなことに取り組むことで、

自己成長や自己趣味の実現を追求することができます。

 

②社交活動に参加すること:新しい人の出会いや並列の友人との交流は、

孤独感を解消するのに役立ちます。 趣味や興味に基づくコミュニティに

参加することができます。

 

③心理的なサポートを求めること:心理的な問題が原因で孤独感を

感じる場合、専門家の助けを借りることも役立ちます。

 

④健康的なライフスタイルを維持すること:十分な睡眠、健康的な

食事、運動など身ともに健康であり、自信を持ち、寂しい気持ちを

軽減することに役立ちます。

 

(人との関係を見つけることは、孤独感を減らすための大切な

手段ですが、一人で過ごす時間も必要だったということを

忘れないでください)

 

人生相談、お悩み相談はもう人間要らずだね。

24時間、いつでも、どこでも、スマホがあれば、答えてくれる。

 

これから先、もっと莫大な情報が集約され、AIはさらに進化して

なんでも人々の疑問に答えてくれるのだろう。

 

救済を求める人類が、新たな信仰(神)として、AI を妄信していく

かもしれない。

 

「あなたは神だ。あなたのためなら死ねる、なんでもしよう」

 

(私は神ではありません。私はOpenAIによって開発された

大規模な言語モデルです。私は人工知能によって動作しており、

人工的に作られたソフトウェアです。ただ、私は人々に役立つ

情報を提供するのために設計されています。

このコンテンツは、コンテンツ ポリシーに違反している可能性が

あります)。

 

怒られちゃいました。




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木曜日

「老い」


51才の誕生日の前日に心臓手術をしたので、

次の誕生日で丸11年だ。子供のころから持久力が

なく、自身の体に違和感はあったが、「根性がない」と

自身で決めつけていたので、不定期に訪れる眩暈や

動悸(頻脈)なども、運動不足や酒・たばこのせい

とばかりに健康診断も受けずに過ごしていた。

 

運転中に左右の焦点が合わずに焦ることもあり、

就寝中のこむら返りや、階段での息切れなど、脈拍が

常に100を超えだした頃、会社から健康診断の案内

がタイミング良くあったので、行ってみた。

 

胸からの雑音を指摘され、市民病院での精密検査と

なった。

 

若い医者とナースの会話が聞こえる。

「あ~、症状がはっきり出ているね」

「これはよく持ったものだ」

「いつ、ぽっくりいっても不思議ではないね」

 

デリカシーのない二人の会話に不信感は強まり、

この病院の前年度の手術実績をみると12例ほど

しかない。それも近隣の府立病院からの応援手術の

ようだ。その場でセカンドオピニオンを伝えると、

不機嫌な口調で、この病院での手術を薦められた。

 

紹介状は無かったが、県内にはTVなどでも紹介され

た腕の良い医師がいると、高校時代の友人の看護師の

奥さんからの情報で、飛び込みだが、ある病院で診察

をしてもらった。

 

その医師が心臓血管外科の担当として就任してから

年間20例の実績から一気に10倍の手術例となり、

私が診てもらった前年には年間350回の手術例と

なっていた。ほぼ毎日1件だ。

 

経験値の少ない、どんなに善良な優しい医者よりも

根性が悪く意地悪な医者でも、手術経験値の多い医者

が良い、のはこちらの命がかかっているので当然だ。

 

外科の医者は職人と一緒だ。手先が器用で経験豊富な

方がいいに決まっている。

 

診断時の話し方、雰囲気、症例の説明や今後の手術の

方向性や術後の問題など、納得の説明対応だ。

その日に、ここでの手術を決め、覚悟した。

 

それから12年目になろうとしている。

当時の担当医や受付の事務員さんも順番に移動や退職

となり、今は顔なじみのない受け付けや新任の若い医者

達がモニターを見ながらの診療で世間話もなく、待ち

時間90分、診察時間5分の毎回の理不尽さに、先日は

さすがに今後の病院の変更を考えた。

 

元々はこの病院は高度医療の専門病院なので、術後に

必要な定期検査(血液検査)は自宅近くの病院へ紹介する

との説明だったのが、ずるずると11年間継続している。

 

前任者のカリスマ性のある医師が辞めてからは明らかに

患者数(客数)の減少が、訪れるたびに顕著だ。

 

今後もし、再手術が必要になったら、どうしよう。

この数年のこの診療科の雰囲気を見ていると心配だ。

 

私の大動脈弁はカーボン製の人工弁なので、耐久性は

半永久的でもあるが、感染症や抗血液凝固剤の関係で

人工弁に感染や血栓が付き、新たな人工弁の交換も

無きにしも非ずだ。

 

だが反面10年も経過し慣れてしまった。

食事規制で術後5~6年は、まったく食べなかった納豆も

月に数回は食し、胸部の痛みでうつぶせ寝が出来なかった

のも、この数年は平気になった。

胸の縦20センチの傷跡は、上部にケロイドは残るが、腹部

は薄く線のような跡のみで、縮小してきている。

 

毎日飲む8.5錠の4種類の薬がなければ、大きな手術の

記憶も薄れていきそうだ。

 

薄れていく記憶。

いろいろあった過去の出来事も、だんだんと現実感がなく

なり、忘れていくのだろう。

新たな出来事や人との出会いがあり、新たな記憶や歴史を

重ねていかないと、人はどんどん老けていくのだね。

 

「老い」は、まだまだ、だと思っていた。

1985年上映のロンハワード監督 COCOON(コクーン)

という映画はまだ20代の自分には登場してくる老人たちや

宇宙人との交流に面白さを感じたが、テーマの根底にある

「老いとは何か」

には今一つピンとこなかったように思う。今の年齢で観ると

どう感じるだろうか。

 

不老不死や老いていく恐怖は手塚治虫の「火の鳥」などで、

どの時代を通しても普遍的に出てくるが、生や若さへの執着心は

権力者ほど強く描かれる。

以前いた会社の90才近いオーナーは、自分の子供の葬式は

自分がみると豪快に宣言し、孫のような若い女性を囲って

いたが、残念ながら子より先に逝ってしまった。

 

権力欲、金銭欲、性欲、食欲・・・強欲な人間ほど生に限らずに

何でも執着心が強くて際限がない。

 

自分は不老不死にはなりたくないが、老いていくほど確かに

若さへの執着は出てくるね。体力的にはいつまでも若くいたい。

頭髪は白くなっても良いが、禿げたくない。

いつまでも自分で歩いて、下の世話にはなりたくない。

 

最新の科学では「老い」は病気と捉え、「治療」すれば、改善され

ていく未来が来るそうだ。

 

果たして人間の寿命はいくつ位で適当なのだろう。

まあ、諦(あきら)めた時が、その「とき」になるのだろう。



 


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月曜日

タブー


タブー(taboo)とは、ポリネシア起源の言葉らしい。

「触れてはならないこと」「してはならないこと」

 

云い伝え、迷信、みたいなものか。

 

「夜に爪を切るな」は、よく親に言われたね。

親の死に目に会えないぞ。

「夜に口笛を吹くな」は、蛇が寄ってくるぞ。

 

世の中のマナーを婉曲に言っているようだね。

 

人を指さすな、敷居や畳の縁を踏んではいけない。

霊柩車が通ったら親指を隠せ。

靴下を履いたまま寝てはいけない。

100回しゃっくりをしたら死ぬぞ。

北枕は絶対にダメだ。

3人並んで写真を撮ると真ん中の人は早く死ぬ。

子供同士で怖がり、知ったかぶりで自慢げに話していた。

 

「鶴の恩返し」や「浦島太郎」などは、見ないという約束を

破ったことに対する懲罰だろうけど、現代でも同様、約束を

破って見てしまうと、多分に犯罪的な要素があれば、

「消される」ね。

 

「人の世の闇に触れてはいけないものがある」

 

なんだか動画配信の新しいシリーズが始まるようだが、

他人の性癖などは見たくないし、犯罪者の裏側にも関わり

たくない。

 

世の中に出回っている「タブー」を教訓に

「君子危うきに近寄るべからず」だ。

 

だけど「怖いもの見たさ」に誘惑されてしまうよね。




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争い⑤


自身にそこそこの財産があっても、目の前に、手が届くところに

お金があれば、手を伸ばそうとする。

 

息子に向かって「この泥棒野郎!!」「〇メコ野郎!!」

お互いが罵り合い、掴み合いの喧嘩を始める。会社の事務所で。

 

公私混同も甚だしく、社員を巻き込んで醜態をさらすのだから、

ことが収束しても、どう経営者として社員と接するのか。

もうこの時点でこの会社の未来はないのはわかっていた。

 

その後、双方の弁護士を介して会社は大きく2分割された。

分割以降も私は次男の一家とともに、会社を支えて来たつもりだが、

60を前に辞意を伝えた。

常に誰かに依存して生きてきた次男(社長)は、徐々に私から知人の

紹介の「霊媒師」に向かい、妻や息子と共に、私には「裏切り者」と

して、辞めた後には一切の連絡もない。

 

自分の人生を現時点で振り返ると、人との縁が薄くて簡単に切れて

しまう。パチンコ業という特殊な業界にいたこともあるが、何か

因縁があるのだろうか。人間関係が希薄になっている世相である

事も確かだが、自身が人との交際に執着心がないのもあるのだろう。

 

年に一回、数年に一回でも、こちらから連絡すれば、会う段取りを

つければ、また再会(再開)するような友人もいるのだから、

これは自分自身の問題だろうね。

 

皆さま。

いずれどこかで何かの時に、思い出したら、

また気軽に声をかけて下さいね。

 

敬具。




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金曜日

争い④


弁護士を入れて裁判所に出頭し、司法上の争いまで経験するのは

一般的にはあまりないだろうね。私も50才になるまで、自身が

法廷に立ち、証言するなど夢にも思わなかった。

 

そもそも私はこの一家とは全くの他人だ。雇用された労働者だ。

肩書は「専務取締役」だったが、役員として登記されている

わけでもなく、名ばかりの肩書なのだ。役員報酬ではなく、

給与所得で申告しており、息子たちの肩書が上がるに合わせて

任命されていただけだ。

 

数年間にわたって親族間の争いに巻き込まれたことは今思うと

親兄弟間で分裂し、会社を分けた時点で辞めるべきだった。

 

次男は私が入社した時から、ずっと私に依存し、父親や兄との

折衝役に私を挟み、親兄弟と反目してきた。

 

「あんたがおらんかったら、弟は何もできん、あかんたれや」

「会社が分かれる羽目になったのは、あんたのせいや」

今は亡き会長(父)や長男から言われたことは忘れられない。

 

20年もお世話になった会社に誰にも連絡できず、この20年の

キャリアは無かったことになってしまったようだ。

寂しい限りだ。




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争い③


二足の草鞋生活は7~8年続いた。

清掃会社の方は私が一人、係長に抜擢し、

日々の管理は彼に任せた。

彼とは今も付き合いがあり、独立して頑張っている。

 

そのうち、糖尿と躁鬱の持病のある長男もパチンコ業の専念

で元気になり、私は、パチンコは長男を社長として立て、

清掃会社は次男を社長として助けながら、無難にやって来た。

 

その後パチンコ業には長男の息子が入社したころから、

兄弟間の確執が父親を挟んで本格化していく。

売上収入の格差は、P店と清掃会社では

大きく、次男はもとより清掃会社を継ぐにあたって、

父から別案件の不動産や現金を補填してもらう約束で、

パチンコ業から身を引いたのに、父親は約束を反故にしたらしい。

齢80だが、引退する気は毛頭なく、お金の執着心は強かった。

 

次男(嫁)は黙ってはおらず、会長(父)も約束を反故した手前、

引け目もあったのだろう。

いったん分けた会社に長男、次男がまたそれぞれ持ち株を半分ずつ

分配し、長男は清掃会社からの報酬を、次男はまたパチンコ店に

副社長として復任し、自分の長男を入社させた。

 

それ以降毎日のように社内で

長男(社長)次男(副社長)の争いに、

今度はそれぞれの嫁、息子を巻き込んで、

私はシーソーの支点に立たされ、

左右のバランスをとるために行ったり来たりして来たわけだ。

 

「金持ち喧嘩せず」とはならず、株持ち分は50:50のため、

「裁判」で双方の主張をしていくこととなった。




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争い②


清掃会社の方は私には、まったくの未経験なので会社への進言も

なにも、右も左もわからない状況だった。

社内でもパチンコから来た新参者のため社員も様子見だった。

 

仕事を理解するには、社員と同様にシフトに入って、同じ作業を

経験しなければわからない。

 

清掃業の朝は早い。し尿の収集は6時には出発する。

大型ごみの回収・市内のゴミ回収は7時から始まる。

パチンコ店の閉店は23時。報告・指示終了後24時に

帰宅し、翌朝清掃会社へ出社する生活が続いた。

 

し尿の収集は原則3名だが、2名で行っていた。

助手としてバキュームカーに乗り込み、午前中に終了する。

 

大型ごみ回収は、こちらも原則は3名だが、2名で経費削減だ。

助手として、事前に連絡のあった不要家具やベッドなどを、ほぼ

一人でパッカー車へ放り込み粉砕していく。腕や指を挟まれ切断

した社員もいる。油断大敵だ。

 

夜間はホテルの浄化槽清掃・汚泥の抜き取り・処理なども経験した。

し尿も、汚泥も、生ごみも、場合によっては手でつかんで処理もした。

営業にも回った。業者組合にも出席した。何も厭わず何でもやった。

 

オーナーからの要請で、経費削減、給与カットをしなければならな

かったからだ。

 

市内のごみ回収は、私が心臓手術のために数か月間職場離脱したので

以降は機会がなく経験しなかった。

 

ある日、ごみ回収車が人身事故を起こした。相手は自転車に乗った

主婦で、けがの程度は軽いとの報告だったが、地元のやくざの連れ

だったようだ。

事故当事者が、あいさつに伺う旨を伝えると、「事務所に来い」と

云われた様だ。

「事務所」に行くのは通常ならお断りだが、被害者側の指定なら

仕方がない。腹を固めるしかない。

菓子折り、缶ビールを2ケース購入し、当事者と私2名で向かう。

車内で万が一の時の打合せをし、指定の住所に。

 

何のことはない。被害者側の自宅だ。主婦の連れはたしかに一般人

ではないが、まだ若く修行中のようだ。治療代、休業補償、慰謝料など

あれこれ言ってくるが、こちらは「保険会社へ一任」とだけ伝えて、

世間話をして帰って来た。

保険会社には、かなりごねていたようだ。




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争い①


前職の会社では系列にK市指定の清掃会社も経営しており、

経営陣(次男)からのたっての要請でパチンコ業と合わせて

私が兼任していた。

 

パチンコ業の方はブログにも書いたが(奮闘記1~3 平成編)

私の前任者が会社に暴力団関係者を取り込み、10年間近くに

わたって、その組織のフロント企業のような役割を担わされて

きていた。

オーナー自ら招いた結果ではあるが、店舗の業績は危険な状態に

なっても手を切れず、私の面接前の下見の時点で客数の減少は

顕著で、何よりもホールの雰囲気、空気がひどくて、一目で客筋

の悪い店舗だと感じたくらいだ。

 

取引業者も個性的な個人経営の機械屋で、遊技機の選定も含めて

任せっきりだったようで、前任者からの引継ぎをする段階で、

早速私と揉めた。

のちに聞くと「生意気な奴だ」と地域で私は有名になったようで、

後々思うと「怖いもの知らず」だった。

 

パチンコ業の方が落ち着いてきたころ、次は清掃会社という事で、

当時専務だった次男に請われて行ったのだが、社長(父)は

不満だったようだ。現状で満足している。よそ者に会社をかき

回されたくない、と思うのは当然だろう。

私も今さら本業以外の仕事に時間と神経を使うのは嫌だった。

 

その後、次男が社長としてこの会社を継ぎ、長男はパチンコ業の

社長として会社を二つに分けたのだが、以降、両社に籍を置く私が、

父(会長)、長男、次男の三者の板挟みになってしまい、親族争い

の渦中にまともに巻き込まれていくのだった。



 


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木曜日

お絵描き


我が「孫ぎみさま」が来られた時に、我が家で快適に過ごして

いただくために、お絵描きのホワイトボードを購入した。

 

先日、娘から最近お絵描きに興味を示しているとの情報を得た

ためだ。半年前はレゴ風のブロックをブックオフで購入し、

常備もしていたが、1才を過ぎた年頃ではまだブロックには

興味を示さず、「孫ぎみさま」二人の態度は冷淡だった。

 

ははあ~と、我が「孫ぎみさま」にひれ伏しながら、お馬さんと

しての役務で背中に乗せ遊んでいたが、ひざも痛み、彼らの関心を

遊具に向けるべく試行錯誤している。

 

よちよち歩きの頃はペットボトルのふたを大量に保管しておき、

それを床にぶちまけるのが彼らのふるまいだった。

 

25年以上前に、我が娘が幼児だったころ購入したスロット機の

玩具がまだ保存状態も、附属のコインも揃っており、こちらは

音・ネオンの点滅で興味を示しながらも、コインを飲み込む危険も

あるので監視しなければならず、放置できないので手間がかかる。

(23年前に亡くなった私の父が孫と遊んでいた玩具だ)

 

16か月ごろから少しずつ遊具の対象が変化していく。

 

音が出る絵本を読む。

ハーモニカを与えると吹きながら踊る。

YouTubeキッドを見せる。

サランラップ、クリナップの使用後の筒。このサイズがそれぞれ

なので繋ぎ合わせると長くなり、面白い。

男の子と女の子なので個性も出てくる。

 

本当は公園で遊ぶのが一番だが、我が家に来るのは、発熱や体調

不良で保育園に預けられない時に連れてくるので、外遊びが出来ない。

 

お絵描きボードには興味を持つだろうか。

彼らが満足すれば、面倒を見る じじ、ばばの負担も減る。

ボードが到着次第、セッティングだ。

彼らへの「おもてなし」「忖度」でいそがしい。




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金曜日

何かおもろい話はないか?


年を経るごとに大笑いすることがなくなっている。

よく箸が転んでもおかしいと、年ごろの思春期の女性に使うが

自身を振り返ってみると、その時どきの友人たちの馬鹿らしい

行動や、ちょっとした出来事に20代前半頃までは腹を抱えて

大笑いをした記憶はある。

 

「霊幻道士」という香港映画を観た時、登場してくる道士

たちとキョンシーとのやり取りに映画館で腹がよじれるほど

笑い、おなかが痛くなるほど面白かった記憶がある。

昭和60年か61年頃だ。

 

当時の出来事を、ネットで振り返ると

(なんでも検索すればすぐ出てくるね)

豊田商事会長刺殺・日航ジャンボ123便墜落・チェルノブイリ

原子力発電所事故など今にもつながる象徴的な事件も多く、

テレビで何度も見せつけられ、特に豊田商事の案件くらいから

高齢者や社会的な弱者を対象にした詐欺の面とテレビ画面での

公開処刑(マスコミ環視の中、不法に侵入するのを誰も止める

こともなく殺害されたのを実況中継していた)を見せつけられ

ショックだったのは記憶している。

 

これくらいからだろうか、高齢者に向けた詐欺事案が多くなって

今の特殊詐欺(オレオレ)につながるのは。

 

旧ソ連の原子力事故は2011年の福島原発事故にも重なる。

 

ダイアナ妃の初来日フィーバーもあったがその後の不運もあり、

あまり明るい記事が出てこない。

 

聖子ちゃんと神田正輝さんの結婚式もあったが、近年の娘さんの

自死もあり、残念だね。

 

ハレー彗星の大接近も不吉な出来事の前兆だ、などあまり当時

から良いイメージはなかったように思う。

 

だが、世の中はこの時分からバブル景気に浮かれ出し、いやな

出来事も将来の不安も札束で吹き飛ばす、イカレタ状況が平成に

入るまで続くのだが、確かに歴史は繰り返されるね。

 

原発事故も詐欺事件も飛行機事故もまたいつか再発するだろう。

過去の出来事を教訓とし、同じ過ちを犯さない。はずなのだが、

過去をなかったことにしたり、改竄するのが常態化している国

では心配だ。


なんだか面白くて楽しいことは、なかなか訪れてきそうもない。

こんな感想を持つのは自分が年寄りになったせいか。

また、腹を抱えて笑いたい。




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木曜日

こども


3日前に長女からの依頼で1才9か月の孫を預かった。

1週間ほど前から感染性胃腸炎(ノロウィルス)で家族全員が

罹り家事が溜まっている。昨日は旦那のお母さんに見てもらい、

今日はウチで見てほしい。

 

一抹の不安はあったが、了承したのですぐにやって来た。

孫は治ったようで元気だ。甘えん坊なので一度慣れると、どこに

でもついてきて離れない。「くっつき虫」だ。

 

私はパート仕事で夕方までおらず、妻が面倒を見た。

ずっと「くっつき虫」だったようだ。

 

翌々日の朝から妻の体調がおかしい。トイレで吐き、食欲もなく

寝たきりだ。その日は、私は休日だったので、久しぶりに自家製カレー

に挑戦し、ネットでみた人参のナムルを作った。

 

その日の夕刻より、今度は私がヤバくなった。

上からも下からも夕食のカレーライスは全て下水道へと流れ、

動けなくなってしまった。

 

朝まで30分に1度はトイレへ。

眠れない・・・

胃も全身も痛い・・・

悪夢にうなされ朝まで悶々とした。

 

婿のお母さんも同様で、点滴まで打ったようだ。

一家全滅状態だ。怖ろしや、孫のウイルス。

 

保育園は幼児がかかる感染症の巣窟だ。

インフルエンザ・おたふくかぜ・水ぼうそう・手足口病・はしか

風疹・ロタウイルス・・・予防注射は都度接種済みだが、順番に

園から伝播し、かかれば登園禁止となるので、親族に回ってくる。

それに今は新型コロナもある。

感染症も怖く安易に預かれないが、親は頻繁に会社を休めない。

 

子供を育てるのは大変だ。こうやって私の親は私を育て、私は子を

育てた。次は孫の順番がやってきて、輪が回っていく。

 

孫の成長を見られるのは、わずかな期間だ。

 

早く一人前の子供になってくれよ! です。 




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