月曜日

おしまい


お昼からのパート仕事もそろそろ2年になる。

 

当初の労働契約は本年3月末までの2年契約だった。

「契約期間満了後、契約を更新しない」とあるが、

今までの履歴を聞くと大概、さらに1年間の更新で、

通算3年での雇止めが多いようだ。

 

昨年3月に雇止めされた同じ事務職の女性は、1か月

前に通知があり、本人は継続の予定だったので、ショック

だった、ようだ。メールで引継ぎとお別れの言葉があった。

 

私は労働契約通り3月末で退職の意向だが、大学側からは

まだ、契約更新の有無や打診はない。

 

勤め始めてすぐに、あまりの閑職でストレスを感じ、退職を

考えたが、2年の契約期間は就労しようと思い直し、今を

むかえることとなった。

 

この2年間で直属の上司と対面したのは3回だけで、それも

2~3分言葉を交わしたのみで、どうも避けられていたようだ。

 

今の部署が「障害者枠」で、もともと負担のかかるような

仕事もなく、なかば留守番のような職域で、ほとんど連絡も

なく放置されていて、気軽といえばそうだが、性格上居眠りで

過ごせる厚かましさもなく、毎日、30分前に出勤し、1日に

1本の電話もあるかないかの電話機の前での拘束6時間は

息苦しく机と対峙していた。

 

この2年間で、暇つぶしで始めたブログは300話ほどになる。

 

この閑職の環境でなければ、文字を打つような習慣もなかった

のだから、思いもよらない形で、自分の過去を振り返るように

もなり、少しだけでも自分の生きてきた証を残せたかもしれない。

 

この事務職を辞めると、ブログも自然消滅になると思う。

この拙いブログを少しでも、読んでいただいた皆さま、

ありがとうございました。

 

おしまい。




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木曜日

ギックリ腰


2年ぶりに魔女の一撃をくらった。

寒い雨の日、自転車置き場で合羽の雨粒を、上体を

ひねりながら両手で払っていると、身体の中心部に衝撃が。

 

「まずい」と思ったが、そこから職場までは普通に歩けた。

室内の清掃後、事務職なので机に向かい、その日のメールを

チェック、当日の予定を確認後、立ち上がろうとするが、

腰から背中に激痛が走って腰が抜けてしまった。

 

「い、い、い、いた、いた、いた~!」と、北斗爆裂拳。

た、立てなくなってしまった。

 

これは、まずい。完全にギックリ腰だ。

 

生涯を通じて6~7回目か。前回が2年前なので、早すぎる。

私の場合、重いものを持ち上げるタイミングよりも、上体を

ひねる動作がきっかけになるようだ。

 

当日は入館者の講義の先生は2組だけで、準備は終えている。

15時にはすべて終了し、17時の閉館を待って、帰宅・・

だが、動けない。痛い。立てない。どうしよう。

 

腰を曲げ、両手を両膝に添え、足を引き擦りながらなんとか

地下2Fの保安室へ退出届を出し、エレベーターで1Fから

駅前のタクシー乗り場まで、何度もフリーズしながら自宅

まで、たどり着いたが、2日間寝たきりになってしまった。

 

年を取ると回復が遅い。

コルセットを巻いて、腰を曲げながら6日目の現在。

仕事は4日目から復帰したが、思うように身体が動けなく

なるのに気付くのは、こういう時だね。

 

その後、知り合いが次つぎとギックリ腰になり、私が先駆者と

なってしまった。コロナ、インフルよりはまだ、ましか。

 

祖先たちが2足歩行を始めたつけが、現代人に回ってきている

のだから、ギックリ腰は進化の宿命なのだろう。

進化の恩恵はもっと違うことで感じたいね。




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月曜日

飛蚊症

 

日曜日、久しぶりに びわ湖まで散歩がてら歩いた。

以前、心臓手術後の回復と心肺機能向上のため、自宅

からびわ湖まで下り、右周りで瀬田橋から北へ近江大橋を

渡り、膳所城公園まで戻ってまた、自宅まで帰る10キロ

ほどのコースを毎日歩いていた時期があった。

 

天気の良い日は、湖面を眺めながら日向ぼっこで上がって

くる鴨たちや、ピーヨピーヨと鳴きながら旋回するトンビを

眺めてはほっこりしていたが、その時より眼中に飛び回る

蚊のような黒い粒々の点々が、見上げた青空にあちらこちら

浮き上がり散らばっているので不快だった。

 

久しぶりに空を見上げてみると、以前より数倍の黒点が視界

上部に飛び回っている。

ありゃ、これはひどい。普段の生活では気付かなかった。

 

前にも書いたが、私には「閃輝暗点」という症状も10代の

頃よりあり、こちらは不定期に現れ、蛍光灯の電気が切れかかる

前の点滅、明るいギザギザ模様が視界の妨げになる。

症状が出れば治まるまでの10分前後、フリーズしてしまうので

厄介なのだが、プラス飛蚊症も悪化となれば、もう澄み切った青空、

雄大な山々や広大な海も、眼中には邪魔な黒い点々が飛び回り、

きれいな絵画の中に墨汁を散りばめかけた様な幻滅する風景になる。

 

老化は気づかずに ひたひたと確実に進行してくる。

親族の方々も次々他界する最近。

 

もっと自由に、好きなように 生きたいように生き、余生を

過ごせればと思いながら、型にはめられた枠から抜け出せない。

 

今朝の新聞で「人生も暇つぶしの一つだと思えればよい」と

悩み多き若年層に向けたコラムを読んだ。

 

男は「暇なときには碌なことをしない」を教訓に生きてきた

初老の男には、それなりに忙しくて、自由な時間がないくらいの

加減が、ちょうど良いのかもしれないね。

 

まあ、暇があっても、金はないから杞憂だが。

たいした生き様でもないが、晩年は汚さないようにしよう。




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金曜日

正月営業

 

パチンコ店の年末年始の営業は・・・当然、釘を閉めます。

例年、年末25日前後から年が明けて1月の成人式の時期

くらいまでは稼ぎ時です。(昭和、平成の頃までは)

 

記憶にあるのは私が担当していた設置台数300台ほどの

店舗では年末年始の10日間で、粗利回収金5000万円!!

という鬼のような、まさに、ぼったくり営業も経験した。

 

正月景気で客入りもよく、この時期にしか来ない一見客が多い

ので、割数の低さもごまかしが効きましたが、さすがに後半は、

ホール内は殺伐とし殺気を帯びた雰囲気で、常連客の突き刺す

ような視線に目を合わせられず、恐れおののきながら、心を鬼に

して、毎夜、締め調整に励んだものです。

 

その時期の抜き率(回収率)は売上に対して25%~28%。

まあ、今の客のいない閑散としたホールも同じような割数で

営業していると思われるが、当時の高稼働での粗利は、

すごかったね。公営ギャンブルの控除率(回収)は

25~30%といわれているので、パチンコ店の年末年始

営業はそれに値するが、これは特別営業期間のみの回収率だ。

 

正月明けの一発目の入れ替えに合わせての開放期間は、

釘に携わる者としても楽しい。

この時は大きく赤字を打つくらいの気合がないと、閉め

込まれた釘、割は、なかなか上がってこないんだよね。

 

釘師としてのやりがいや楽しみは、まさにこういう時期に、

釘を大きく開けて、散々痛めつけた常連客に少しでもお返しを

して、喜んでもらうのが釘師としての醍醐味になる。

 

まあ、みなさんの小遣い銭をぼったくり搾取した罪滅ぼし、

釘師の罪悪感の解放、という感じかな。


 


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木曜日

2024年 令和6年


1月1日の能登半島地震。まさかの元旦早々から。

天災は日を選ばない。

 

年始とはいえ近隣諸国からの救助打診を断りながら

初動は遅いのではないか。

多くの行方不明者がいるのに自衛隊の訓練始めを実施

する棄民的な行いを疑問にも思わない政府、マスコミ。

 

松本人志の活動休止。

週刊誌からの告発に、公に反論も記者会見もせずに

逃げ隠れするみっともなさ。

 

東京オリンピック、電通、自民、維新、吉本興業、万博、

ジャニーズ、辺野古、原発再稼働、キックバック裏金など

不信のキーワードが次から次に出ては忘却していくこの

社会は大丈夫だろうか。

 

時の総理大臣が国会で平気で噓をつき、それがまかり通る

世の中になってから、今はそれが少し揺れ戻りつつ、正義は

混沌として不安定だ。

 

市井の人々の中には、まだまともな人もいる。

普通に、おかしなことは、おかしいと言おう。

間違ったことは正し、まじめに、まともに生きていこう。

 

しかし、テレビなど表に出てくる人物には、まともな奴は

いないのか。隠れているのか。

 

テレビは、みないようにしよう。誰も、何も、信用できない。

生きていく指針は自分で決めていくしかない。




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火曜日

田舎暮らし


このところ、ぼんやりと、65才から田舎暮らしを考えて

いた。ネットで検索し、最初は、古民家を中心に検索して、

築100年、敷地も広く、隣家とも離れている300万円の

物件に興味を持った。

 

YouTubeで、同じような物件で手直しをしながら奮闘・改築

している様子を見る。みな若い。映像で面白おかしく紹介され

ている。

 

カウントダウンが始まった初老のオレには無理だろう。

 

古い木造建築で現状のままなら、冬の寒さに耐える忍耐力も

気力も自信もなく、何よりも妻が納得しないだろう。

修繕費に、それなりの費用を見積もる必要もある。

 

次に、坪一万円で100坪購入。廉価な平屋を建て、家庭

菜園や鶏を数羽放し飼いできるような環境なら、どうだろう。

たまに子供、孫が遊びに来られるくらいの立地で、駅からは

離れるが、極端な山の中では困る。

廉価でも新築なら快適に過ごせるだろう。

 

地図を見ながら、周辺の環境を調べ、過去に行った土地勘のある

売地があった。最寄りの駅までは車で30分ほど、そこまで行けば

大きな商業施設もある。

 

いまから、土地だけ購入しておこうか。

年内に視察に行ってみようか。

 

考え思ううちに、今住んでいる家の立地も20年前に大阪

から引っ越す際は、いざ田舎へ、の感覚だった。

 

最寄りのJRの駅まで歩いて30分。

そこに行けば大きな商業施設もある。

 

3年前に住宅ローンも完済し、同時期に屋根・壁の全塗装も

したばかりだ。鶏は飼えないが、犬猫は飼える。

庭で焚火はできないが、バーベキューならできる。

家庭菜園は、プランターならできる。

 

これは、マインドワンダリングというやつだね。

「心の迷走」

 

今の年代で早まったらだめだけど、

歩いて30分と車で30分。年を取って感覚が同じに

なっちゃって、困ったものだね。




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月曜日


生活介護施設のお迎えの運転手へ行き出して9か月。

担当する私のコースの利用者たちは今のところ平穏だが、

二つ年上の先輩が担当するコースの利用者たちが毎日、

不穏状態で大変なようだ。

 

騒ぐ、叫ぶ、たたく、他の利用者にちょっかいを出す大柄な

男性がいて、車内でかなりの影響力を発揮しているようだ。

 

私はその彼には「ラガーマン」というあだ名をつけていたが、

名の通り体躯は180cm、100kgは超え、停車した車内

から勢いよく飛び出し、鼻息荒く施設へ駆けていく様子を毎日

みると、自分の担当ではなくて良かったと安堵するのだが、

運転中の彼の様子の実態は、わからない。

 

他に以前にも紹介した「綿棒回しの男」「おはよう兄ちゃん」も

同乗しており、共通して男性陣はみなさん体格がよく、初見で、

目の前で、飛び跳ね、奇声を出されると、引いてしまう。

 

私は、車内ではシートベルの装着を外さなければ、なんでもOKと

しているが、ベルトを外して動き回れば、運転に支障をきたすので

NGだ。停車して、REDカードだ。この9か月で2度あったが、

すぐに改善してくれたので、問題なしだった。

 

途中で停車したGPホームのキーパーのおばさん。

何度も、窓ガラスに頭をぶつけている利用者を見て、

 

「怒りたいこともあるよね、わかる、わかる」

 

言葉を発せられない彼らの感情の表現は様々だ。

私は黙って、毎日、彼らを安全に送り届けるだけだ。




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火曜日

なんまいだ

 

南無阿弥陀仏

 

お念仏というものは、私たちの来世往生浄土のためであり、

ご先祖さまたちのご供養のためにお称えするものです。

 祈願とかお祓いのために唱えることはありません。

・・・らしい。

でも、信心深い人は、とっさに口に出すね。

口癖のように、

「なんまいだー」「なんまんだー」「なむさん!」

 

英語圏なら

オーマイゴッド!(あー神様)

韓国人なら

アイゴ!オンマ! (あーお母さん)

 

わが世代は、

インドの山奥で~♪修業をして~♪

ダイバダットの魂宿し~♪

 

「あのくたらさんみゃくさんぼだい」

「あのくたらさんみゃくさんぼだい」

「あのくたらさんみゃくさんぼだい」

レインボー・ダッシュ7!!

 

テクマクマヤコン テクマクマヤコ

で、秘密のアッコちゃん

 

エロイムエッサイム、エロイムエッサイム

我は求め、訴えたり。 

悪魔くんやエコエコアザラク

 

ハリー・ポッターなら、

エクスペリアームス!(武装解除) 

 

オノマトペのように「あちゃー」「しぇー」「ガチョーン」

・・・ごめん。Huzakesugi だね。




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木曜日

調整


パチンコ業界をやめてから3年。この間、パチンコ店を

覗いたのは2回だけ。1度は本当に覗いただけで、打たずに

帰った。もう1度はジャグラーを少し打って、すぐビッグが

かかったので、即止めで2千円ほど勝たせてもらった。

 

業界にいたときは、ほぼ毎日のように近隣のホールを回り、

偵察を兼ねて、サンド(玉貸機)にお金を投じてきた。

 

25歳から業界に入って35年。お遊びとしてのパチンコは

面白かった。検定基準がお上の都合で変わる中でも、業界は

常に抜け道を探し、遊技機の性能(射幸性)も高まり続け、

単純な役物の時代から、デジタルになり、液晶が出て、派手な

バカでかいギミック(演出)の付いた必要以上の性能に変化し

ていく時々の遊技機にそれなりのお金を投入していた。

 

拘束時間も長く、時間潰しの面もあったが、自分は管理職だ、

競合店や遊技機のリサーチだと、格好をつけては1日の大半を

ホールで無為に過ごしていた。

 

当時は自身でも依存症ではないか、と思っていたが、しかし

業界を辞めたとたん、まったく興味がなくなった。

業界とのつながりもピタッと切れて、すべてが泡沫のように

消えてなくなったようだ。

 

パチンコ店で釘調整をしていた。機械の選定をしていた。

なんて、他の業種では何のつぶしが効くわけでもなく、

そもそも釘を調整する行為は、以前にも書いたが、法律

(風適法)違反で、表には出せない。

 

YouTubeでも営業しているホールの調整するさまを見せれば

「バン」どころか、警察の目に留まれば、行政処分だ。

 

あー、俺は裏稼業のような世界で、35年間も働いてきたのか。

なんて自虐的に嘆いても、続けてこられたのは、毎週のように

新しい遊技機の「釘をたたく」行為があったからで、一心に

何時間も集中して、きれいに、正確に、仕上がったときは自己

満足に浸っていたのだから、小さなモノをコツコツ作っていく

のが、好きな性分だったのだろうと思う。

 

どこぞで、昔のパチンコ機を仕入れてきて、ハンマーで釘調整

でもしてみるか。単純に釘をたたく行為だけでも、楽しい

からね。道具は一式、まだ残っている。

 

でも、カンカンカンとうるさくて、まわりのひんしゅくを

かうだけだね。



火曜日

電子マネー


電子マネーが普及しだした頃はedyを使っていた。

それからSuicaになり、今は使用可能な場所では、

PayPayで支払っている。

 

現金オンリーでまだ対応していない(ワークマンなど)

ところでは、たしかに少し購買意欲が薄れるね。

普段はあまり現金を持ち歩かなくなって、スマホでの決済が

出来ない店舗では、買い物をしなくなっているかな。

 

最初のころはクレジット決済で支払いが翌々月くらいに

回ってきて、収支の把握が面倒だったが、paypayと

銀行を連動してチャージが楽になってから、スマホが

本当に財布代わりになった。

 

しかし、電子マネーの種類が多くて、おかしいね。

 

交通系電子マネー、流通系、クレジット系、QRコード系、

ほかに特定のグループだけに使えるマネーもあり、事前に

入金が必要なのが「電子マネー」の括りだが、クレカと

電子マネーの中間的なもの、LINE Payau Payなど、

あれこれ多すぎて訳が分からん。

 

残高きっちり使い切る買い物などは、ほとんどないのだから、

それぞれのカードなり、スマホに残った少額の残金などは、

失効期限が切れれば、膨大な退蔵益だろう。

塵も積もれば山となる。

 

通信が不通の時や、停電時は、これらの決済が使えない

のだから、全てを電子化にする必然性はないだろう。

 

緊急用にと、カードの間に折りたたんだ万札を挟んでいる

身としては、子供の頃、カツアゲされないように、靴下の中に

お金を隠していた記憶が蘇って切ないが、電子決済の履歴が

残って収支が一目できるので、無駄遣いをしなくなった

メリットもある。

 

電子数字であっても、現金でも、お金はお金だ。

減ることはあっても自動的に増えることはないので、大切だ。

 

夢の中で、札束を数えすぎて、腱鞘炎になった友人もいるが、

その時点で、彼は昭和だね。

 

今は、デジタルの数字を眺めるだけだ。




うちのサイ


いやー、さすがに暦通りの気温になると寒いねえ。

先週までは、昼の気温が25℃を超える夏日だった

のに、今朝は10℃を切っていた。

 

20分ほど、部屋が温まるまで床暖房を付けてすぐに

消したが、例年の冬季のガス代はバカにならない。

 

(いとしこいしの漫才風に)

「うちのサイがね、寒いので」

「アフリカ育ちのサイは、そりゃ寒いだろうね」

 

アフリカではなく、韓国育ちなのだが、ご存じの

ように、むこうではオンドル(パン)=床暖房なので、

寒さ厳しい冬季は、昼夜問わず床からの暖房で温かい。

 

こちらに引っ越しのサイ、後付けだが、要所々〃に、

床暖房を欲しいと、サイからのたっての要望だった。

うるサイかったので、全室につけた。

 

そのサイ、外構工事も必要だったので、会社で懇意にして

いた業者に頼み、南側に10畳ほどのウッドデッキもつけ、

価格をうまくサイクして、良心的に施工していただいた。

 

初めての冬。いい気になって床暖房を遠慮せずに

バンバン付けっぱなしにしていると、ガス代金7万円!!

ひっくり返ってしまった。

 

韓国式は、昔は練炭や灯油ボイラーが主流で、熱効率も

よく、部屋の密閉度も高く、燃料代も安かったようだ。

(サイの住んでいた当時の感覚では)

 

同じ感覚でガス床暖房の使用はマズイ(高い)。

といいつつ、床に敷いた布団は温かく快適で、終始、

床暖房を付けて寝る習慣がついてしまった。

 

今は、床に布団を敷かず、子供たちが使っていたベッドで

寝ているため、今季のガス使用量はセーブできそうだ。

 

日本の家は寒い。

木造住宅で密閉度も低く、低コスト設計で、どてらを着て、

炬燵でくるまり、がまん、辛抱だ。冬は寒いものだ。

「ぜいたくは敵」といいように言いくるまれて、洗脳

されてきたようだ。

 

電気、ガス、水道、電車、郵便、高速、ガソリン代、

おむつやミルク代、毎日の食品代。NHK。

生活に必需なもの全てに課税し、民営化し、料金は高い。

ぜいたく品にも同じ税率だ。

 

国民を苦しめる為政者には憤慨するが、それも国民が

選択してきた結果なのだから、もうそろそろ、教え込まれ

てきた価値観を反転させなければならないのだろう。

 

日本はいい国だと思う。

みんな、もっと、幸せになろう~よ。(長淵風に)




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木曜日

一人(2)


「一人ゴルフ」で予約を取り、さっそく昨日、コースへ出た。

予約締切が前日の正午、ギリギリの申し込みだったが、予定の

3人から1人キャンセルのため、2人(ツーサム)になった。

 

2名でも構わないようだ。私の申し込みがなければ、この組は

キャンセルだったようで、同組のMさんから感謝された。

 

Mさんは、上下おしゃれなウェアを着こなす2歳年上の地元の

人だった。このコースの会員で年間30回ほど回るそうだ。

 

週3~4回プレイする70歳以上の猛者も多く、ゲストハウスは

老人ホームのようだと笑っていた。

 

Mさんは60歳で退職し、この数年はフーテン生活を満喫して

いて、ゴルフや旅行など趣味三昧で過ごされているとのこと。

58歳で直腸がんが見つかり、治療後、60歳を契機に余生を

好きなように生きると決めたそうだ。

 

周りを見渡しても確かに高齢者ばかりだ。ここでは60代は

小僧のようで、80歳で、毎日プレイする妖怪のような婆さんが

いるそうで、超高齢化社会になったのだというのを実感する。

 

80でもタクシーの運転をし、警棒を振る高齢者たちとは対照的だ。

同じ時を刻み生きてきた人生だが、この差は・・考えさせられるね。

 

終わりに向け、どう生きるか。人生の落としどころを模索しても

今更ながら思い通りにはいかないが、心持ちは気楽でいたいね。

 

この日のスコア?   聞かないで !!






火曜日

一人


子供のころから結構一人で遊んでいた。

 

近所の川では一人、手で釣り糸を垂れて、何時間も川面を

眺めていた。神社の境内で蝉取りや木登りなど、一人で

遊ぶのは平気だった。

 

といって仲間外れにされていたわけではなく、お誘いが

あれば、一緒に、どこへも行った。

でも、心持ちはいつも独りでいるほうが気軽だった。

 

この性根は大人になっても変わらず、いまの年になっても、

休日は一人で行動することが多い。

 

もう今更人見知りもないが、コロナ禍からは他人と距離を

あける世の中の風向きで、人付き合いは気楽になったか。

 

高校の同窓生との親睦ゴルフが急きょ中止になったので、

「一人ゴルフ」というのを申し込んでみた。

 

前日の12時までの参加人数でエントリーが決まるようで

ギリギリ11時申し込みで、間に合ったようだ。

 

全く知らない、おっさん2名と同組で回ることとなった。

サイトの自己紹介では50代と60代、同じ年代だ。

このコースは頻繁に回っているようだ。

 

さて、どんな顛末になるやら。明日は、良い天気の模様だ。

せっかく取った年次休暇だ。羽を伸ばそう。




月曜日

反骨


いままで経験してきた店舗での一番の売上は、パチンコ台数300台、

スロット台数40台、合計340台の店舗で、日売上の最高は正月に

3600万円を売っていた。

 

その月の平均売上は、2400万円で、その月は7億4千4百万の

売上があり、粗利(回収金)は1億円ほど。回収率は13%くらい。

遊技客の感覚では1万円使って、8700円が戻ったことになり、

広く浅くの薄利多売になるだろう。

 

最盛期によく30兆円産業とか言われたが、パチンコの売上は

お客さんに玉やコインを貸し出した金額なので、実利は粗利益(回収金)

から諸経費を差し引かれた金額だ。

当たり前だが、客が多く売上が多ければ、大変儲かる

 

個人商店で月間7億円の売上げなんて、笑いが止まらないよね。

従業員は毎日忙しく、休日も給与も少なく、泣いていたけど。

 

1店舗当たりの台数制限が外れて、1000台超の郊外店も出来た

ころなら、それなりの客入り稼働で、台売上が5万円も売れば、

日売上5000万円、月間15億円。

 

まあ、それくらいの店舗になると、土地建物、設備一式、

初期投資は、かなりの額になるが、業界的には、郊外店で5~8年

ほどの回収を目安にしていたので、他業種の感覚では驚きだろう。

 

開業は、許認可営業(公安委員会の許可)が前提なのだから、

まさに砂上の楼閣。許認可が取り消されれば、終了。

なので、上場はない。

経営者はまさに儲け時に、抜きまくる必要があるわけだ。

 

コロナ禍以降の、現在の店舗の状態は、一部の大手企業では

先に述べた客入り、売上の店舗もあるだろうが、ここ数年で6割

以上の店舗が廃業に追い込まれているように、多くのホールは

水面に口を開けて、溺れぬよう、パクパクだろう。

 

今も責任者として現役の一線でいたなら、薄れゆく頭髪もすでに

なくなって、心労で、完治した心臓病も再発していたかもしれない。

辞めて、命拾いした。

 

しかし、こんな巨大産業も「お上」のさじ加減で衰退していく

のだから、全盛期に、パチンコ経営者たちは、もっとロビー活動に

精を出していれば、状況は違っていたかもしれない。

 

日本社会での「差別と貧困」の反骨心を糧に生きてきた

在日一世、二世には、さらに政財界へ深化して溶け込むことが

厳しかったのだろう。




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木曜日

持ち出し


処女開店。予定の割数を大きく上回り、大赤字になった。

まだ、パチンコが40玉交換で損益分岐が160%の時代。

おそらく今の辛い現行の機種では、出そうと思っても出ない、

逆立ちしても出ない、500%を超える割数があった。

 

これは私が担当している店舗だったが、処女開店初日に出た

割数だ。当然、私はまだ入社もしておらず、当時の様子を

オーナーから聞いた。

 

最終のパチンコ割数は54割(540%)。

 

昭和後期より業界にいる私も、見たことも、聞いたこともない

吹き出すような、仰天割数だ。笑ってしまった。

 

当時の甘い機種とはいえ、通常の釘の調整では、どんなに

スタート釘を開けても、そんな数字は出ようもない。

ぶんぶん回しでもスタート数は物理的に決まっているし、

確率も収束することもない。

 

おそらく、スタート釘以外の天や両サイドのフロック釘も

ダダ洩れで、当時あった一発機なども、笑っちゃうくらい、

入賞口へ飛び込んでいたのだろう。

 

フィーバー機などは、昭和の後期は下部アタッカー周辺の釘を

異様に曲げて、大当たり時に出玉がサイドの入賞口にこぼれて

入るような調整をしていたが、おそらく、アタッカーが開かない

状態でも、入賞口にこぼれて、当たりにもならないのに、玉が

増えていくような状態だろう。

 

釘の経験者なら、清水の舞台から飛び降りる覚悟でも、そんな

釘調整はできない。

 

オーナーによると機械メーカーから紹介された店長で、パチンコ

初出店の素人オーナーは、「パチンコはこんなに儲からない」商売

だと、開店週間で後悔したそうだ。

 

それでもか月間、その店長に任せていたが、堪えきれずに交代

となった。通常なら初日で馘だ。社長も辛抱強いね。

 

ちなみに初日の営業時間は2時間で、売り上げは200万円。

まだ1回交換の時代だから、甘くても売上はあったのだろう。

赤字は450万円。サンタクロースがお札をバラまいたようだ。

 

大赤字で以降、客が溢れかえっていたかはなく、在籍中の1か月、

初日の大赤字を回収すべく、いきなり釘を締めこんで、せっかくの

客を飛ばしたようだ。

 

こんな釘師に託した経営者も自爆だが、時にはこんな事があるので

パチンコは面白いね。まあ、ここまでの自爆はめったにないけどね。




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