月曜日

職場


初めての仕事は喫茶店のウェイターが最初だった。

20才前後は肉体労働が多く、トラックの荷物の

上げ下ろし、引っ越し、鳶の手もと作業に、解体作業。

それ以降はパチンコ店でのホール、カウンター業務に、

系列会社でのゴミ回収、し尿の汲み取りもやった。

40才前後からは統括の管理職として、パチンコに関わる

こと全般に従事した。

 

共通して一人親方や個人経営での形態が多く、職場では

いつも冗談を言い合ったり、屈託なくプライバシーに

踏みこみ、お互い言いたいことを言っていた。

それが普通だった。

いまでこそパワハラになるのだろうが、社内で上司が

悪態をついて部下を叱責したり、同僚同士での掴み

合いの喧嘩なども時にはあるような環境で人生の

大半を過ごしてきた。

 

だが、60になって初めて教育関係の事務職を経験し、

社内の静けさに戸惑い困惑した。みな黙々と目の前の

CPに向き合っている。

誰も冗談を言わず、雑談もなく、私の過去の履歴にも

興味も示さず、無駄口もない。

定刻になれば即帰宅する。2割くらいの常勤の正職員は

2年で部署移動し、8割近くの非常勤職員は2~4年で

雇止めされるようだ。

 

入社して1年になるが、いまだに個人的な経歴を誰にも

聞かれたことがない。次女が準公務員的な会社に就職した

ときも同様の経験をしたようだ。

これが一般的なホワイトカラーの職場の雰囲気なのだろう。

 

遡ると、子供たちが順番に大学を卒業し、就職活動を始めた

くらいから、どうも私が生きてきた人生と、普通に進学して

就活を通して入社していく新卒の子供たちとは、かなり

違ったモノの見方があることに遅まきながら気づいた。

 

まだ戦力になるやならぬかもわからぬ若造にまだ見ぬ会社への

忠誠心を求めたり、まだ知らぬ仕事に何をしたいのか尋ねる

バカらしさ。これからの若者に必要以上に重圧をかけて洗脳

していく怖ろしと茶番劇。

 

まともな神経を持った人間は潰されるか、逃げるか。

逃げた人間には再挑戦を認めない狭量な社会。

ほとんどの人々は従順な塊となっていく。

 

最初からずっと「わき道」を歩いてきた私だが、なんども

道を間違えそうになり、迷い、靴底をいびつにすり減ら

しながら歩いてきたが、まさか、この年になって、こんなに

近隣に無関心で、閉じこもったような雰囲気で仕事をする

事は不思議な感覚であり、精神的にしんどかった。

 

今までグレイな業界で、まじでヤクザな人々が欲望を

むき出しに丁々発止と応戦する世界で接点を持ち相対

してきた自分が、今度は真逆のインテリ相手に応対して

いくとは、最初は戸惑いだった。

 

本心を発せずうわべだけの言葉で会話する。

お互い踏み込まず、当り障りのない関係性を維持していく。

猫をかぶった状態で、正職員は2年の移動まで。非常勤は

雇止めを通告されるまで無難に過ごす。

 

非常勤講師の先生方はハナから施設の管理員には興味はなく、

年配の名誉教授たちは鷹揚だが世俗には無関心なようだ。

 

何か変だね。

まあ、その部署の部課長によって雰囲気は変わるんだろう。

契約は2年だ。来月からは空き時間にダブルワークでほかの

バイトも打診している。

次の職場は、おもろい奴がいれば、いいけどね。



 


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