月曜日

8月


今夏の暑さは異常だ。と、毎年のように言っているね。

1970年代に子供の皮膚で感じた暑さと、現代の暑さの

違いは、地面からの照り返しだろう。

日差しの強さは昔も今も同様だが、足元からも熱が反射して、

裸足ならフライパンの中へ放り込まれたようだ。

砂浜に素足も熱かったけど、コンクリートの比ではないね。

 

8月。夕立が一気に暑気を吹き飛ばすも、すぐに蒸し返す

ような暑さで、べとつく汗をうちわで扇ぎながら縁側での

夕涼み。

涼しげに鳴る風鈴。蚊取り線香の横で、スイカをほおばる。

蚊帳の中で、コロコロリリリーとエンマコオロギの声を聴き

ながら眠りにつく。

涼しげな風情だが、風のない日は暑くて寝苦しい。

 

昭和40年代までは「サザエさん」の世界がまだ残っていた。

当時は台風の季節になると頻繁に停電があり、ロウソクは

常備品だった。子ども心に台風が好きだった。ワクワクした。

 

クーラーはなく、ガタガタと首が回る、うるさい扇風機。

ステテコ、シュミーズ姿で、老人たちは近所を徘徊していた。

 

腐りかけの貧弱な木製の電柱や路地裏の板壁には、立ち

しょんべん禁止の鳥居の絵が書かれ、近くの荒物屋には

生活用品が何でも置いてあった。

 

同じ軒に並ぶ店々で、魚、果物、野菜、総菜、肉などを毎日

必要量だけ買っていた。コメ、酒、瓶ビアは配達があった。

銭湯、理髪店、喫茶店、更科うどんに本屋さん、熱帯魚販売。

おしゃれなテーラー屋。信用金庫に幼小中学校。

すべてが徒歩圏内にあった。

 

井戸ポンプは町のあちらこちらに結構な数が引かれていて、

井戸水はひんやりとして、スイカや野菜、瓶飲料を冷やすのに

重宝だった。

 

住居周辺だけで、生活に不便なく物事は足りていたのに、

外圧に負けて大店立地法に変わってからは郊外に大型の

ショッピングモールが出来、町の商店街はシャッター通りと

なり、寂れてしまった。

 

資本家の思い描いた金儲けの手段にされて、幸せに暮らす

ベクトルが、間違った方向へ向かったようだ。

 

これからの日本は、人口減少は全都道府県に及び、少子化は

必然だ。100年後には、どうなっているのだろう。

 

あと20年もすれば私も寿命を迎えるだろうし、見ることの

ない未来を悲観してもしようがない。

 

冥土へのカウントダウンが始まってはいるが、子供のころの

夏休みの宿題同様、言い訳ばかりで一向に進まない事ばかり。

如何ともし難く、さて、さて。


明日も暑そうだ。





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