火曜日

年末年始


もう2022年もあとわずか。師走だ。

今年もあっという間に過ぎて行き、年を重ねるごとに

時間の経過が早く感じるね。

 

「月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人なり」

 

自宅の近所に茶臼山公園(古墳)がある。

心臓手術のあと、毎日この公園をリハビリで散歩をした。

全国には「茶臼山」はいっぱいあり、紛らわしいので、

ここは「膳所茶臼山古墳」と呼ぶらしい。

ここの一画に「芭蕉会館」もあり、記念碑も建てられている。

 

ここに移住して18年たつ。

高速の出入り口も近く、車の便が一番良い立地だったが、

仕事で車に乗らない今は、徒歩では駅・スーパーまで遠く、

移動は自家用車がなければ不便だ。

 

何でも仕事優先、自分優先で物事を決めていた。

妻は駅近くか、商店が近い場所の移住が希望だったが、

私が仕事上の都合で勝手に決めてしまった。

子どもたちが早々に結婚し独立したので、今は、

駅から離れた一軒家は少し持て余す。

 

これからの20年。どうするか。

妻は車どころか自転車にも乗れない。

 

私に万が一が、あった時、妻は困るだろう。

過去に大きな手術を二度した体では、万に一つ

どころか、千か百に一つかもしれない。

 

年を取っても悩み事は減らないね。




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月曜日

世襲


パチンコ店での跡取りは会社にもよるが、

創業者から数えて、四代目も出てくる今頃かな。

 

私が仕えたのは大概、初代・二代目で、三代目が入社して

来る頃から、経営者の体質がおかしくなってきた。

 

もとより創業者は総じて、金銭管理を含めて

店舗の管理には厳しく、妥協を許してくれなかった。

人生をかけて、立ちあげた商売だ。

毎日が真剣に営業に向き合い、将来の夢や希望も込めつつ

叱咤激励され、社長の顔色をうかがいながら仕事をしていた。

 

二代目くらいから、世代も近くなり、経営者との距離も近づき、

雇用される立場としては、労基も順守されつつだが、まだまだ

先代の影響力が強く、経営者内での世代交代への軋轢が、社員にも

影響(内部のゴタゴタというやつだね)し、兄弟間の確執などにも

まともに巻き込まれた。

 

どの時代も、跡目争いは常だろうが、

「わからぬ様、勝手にやってくれよ」だ。

 

三代目にもなると過去には三例ほどしか経験はないが、

全員、ほぼ 「性格が悪かった」。


二代目はまだ、初代の親の苦労は見ているが、

三代目からはダメだ。

皆さん、一夜成金の成れの果てで、みな同様に

甘やかせ、贅沢に育てているので、そんな環境で

育った子どもたちが、入社後、すぐに役員待遇と

なれば、普通に「感覚」が違う。

 

最初から「パチンコ」はイメージが悪い。

と、いうので継ぐのは嫌だが、会社では名前だけの

役員で、報酬をいただきながら、悠々自適に遊び

惚けているのも多くみてきた。

 

中には、厳しく育てられて、家業を引き継いで

いる後継者もいるだろうが、「パチンコ業界」では

稀有だろうと感じる。

 

しかし、世の中。政治家、財界、スポーツ界も含めて

世襲が当たり前になってきているが、子は親を選べない

ので、本当は健全な「社会」が子供たちを育てなければ

いけないのだろうね。




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土曜日

いとこ


以前「カブトムシ」のタイトルで書いたが、

私の母には年の離れた弟が二人いた。

上の弟(長男)は若い時から病弱で、一時期、結核の

治療のため田舎で療養していた。(カブトムシ)

 

彼の定職は何だったのか、私も幼かったので

はっきりとした記憶はないが、ある時期、クラブ

歌手でステージに立っていた、というのは記憶に

ある。確かに正月で集う場所で歌を聞いたことが

あった。私の母も歌は得意だった。

音楽に素養があったのだろう。

 

母の下の弟(次男)は私とは12歳差。長男はそれ

以上だが、子供ころは叔父とはいえ、ともに若く、

○○ちゃんと名前を呼んでいた。

 

その後、長男は若くして他界し、もともと交流も

少なかったため、彼の子供たち(いとこ)には

会った記憶もなく、存在も知らなかった。

 

ある日、私の兄から年の離れた、いとこの存在を

聞いた。プロのサックス奏者になっているようだ。

YouTubeでも活躍していた。

顔は○○ちゃんそっくりだ。

音楽の素質は親から受け継いだのか。

 

彼は私のことを知らない。

会って伝えるべきか。どう話せばいいのか。

迷っている。




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