火曜日

梁山泊 (平成)

 

1990年代にパチンコの攻略打ちなどで

TVなどでも話題になったグループだ。

CR機がまだ出る前の現金機の連続性の高い機種が全盛の時だ。

西陣の「春一番」という機種で「梁山泊」は荒稼ぎし、

それを阻止したいホール側と肉弾戦の争いが頻発した。

私が担当するホールでも、来週には「梁山泊」が来るらしい。

昨日は○○市のあのホールに集団で来店し、

島電源を落とすなど、かなり揉めたらしい。

などと、それらしい情報が交錯していた。

 

「春一番」は一度大当たりを引かれたら、

攻略により連チャンは止まらない。

強制的に打ち止めにして止めるか、電源を落とすか。

そうなれば揉めるのは必然だ。

むこうも必死だ。「遊戯」が商売だが、

双方とも遊びではない。本気だ。

 

考えた末、対策としてほとぼりが冷めるまで

「春一番」のコースは女性専用台としよう、となった。

「梁山泊」のメンバーはすべて男性だったからだ。








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森高千里 (平成)

 

パチンコ店では、

店内で有線放送を流していた。

仕事の記憶はその時々の有線から

流れてくる流行歌で結びつく。

 

田舎から街中のパチンコ店へ転職当初は、

それまでの管理職から一転、平社員からの

スタートだった。

そこはかなりの繁盛店で、かつ人手不足のため

少人数で運営せざるを得ず、毎日終業時は

制服のシャツが汗でびしょ濡れだった。


仕事がきつかった。

島も長く(通常は15台から18台が基準)

そこは20台シマで1コース40台、

時間帯によっては2コース~3コースを

みなければいけない。

 

大箱(4000個)が主流の時代で重く、

計数機が端々にあり運ぶのに距離がある。

大箱を4~5個抱えて走り回った。

 

客筋も悪く、近所のやくざ上がりの不動産屋の

おっさんに「態度が悪い」と胸ぐらをつかまれ

何度も揉めた。

 

雨や雪が降るなか喫緊でもないのに、

びしょ濡れになりながら

他店統計(4か所小一時間かかる)へ

行かされたことも。


 煙草の煙と、遊技台のかしましい音や

騒音、ざわめきとともに、

「渡良瀬川」がいつも流れていた。

 この曲を聴くと胸が、甘酢っぱくなる。





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月曜日

ベース

 

ベースとは遊技玉を1分間に100個打って、

何個戻ってくるかの数値だ。

 

通常はヘソ入賞口(スタート)の賞球(出てくる玉)が

4個で、1分間に6個も入れば(回れば)、

4かける6で24個、

スタート以外(賞球はバラバラ、箇所によって変わる)に

入ったとしてもベースは30~35くらいだろう。

(あまり入らないように調整しているからだ)

 

100個打ちだして35個しか戻ってこない。

1分間に65個吸い込まれる。

個4円なので4かける65個で260円吸い込まれ(分間で)、

1時間(60分)1度も大当たりしないと

60かける260円なので15600円を失う。

 

どうですか皆さん、今の4円パチンコのフィーバー機を

打った方は実感あるでしょう。

1万円札があっという間に消滅してしまう。

 

初期のフィーバー機はオール13だった。どこに入っても13個

出てくる。そのため、あまり回せないがベースが高く、玉持ちが良いため

小額投資で回すことが出来た。それでも当時はきつかったけどね。





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