月曜日

ベトナム人

 

娘婿の母、弟が昨日、ベトナムから来日した。

 

娘婿は日本に来てから14年ほど経つ。

昨年、やっと永住権が取れ、銀行でローンを組み、住宅を

購入した。娘とは大学時代からの交際で卒業後、結婚した。

 

コロナ騒動の前に、ベトナムから両親が挨拶に来られた。

その後、結婚式はベトナム・ホーチミンだったので、私も渡越し、

今回を含めると回目の対面だ。

その間、初孫である女の子が生まれ、今回が初対面だ。

 

娘婿と車で迎えに。  

久しぶりの関空だ。

 

夜中の時にホーチミンから。

時30分、大阪に。

出発時の気温は29℃。到着時は4℃。

いきなり冷蔵庫に入るような。

 

私は、ベトナム語は、挨拶以外は知らないので、車の中では

会話の中に出てくる人物名しか、聞き取れず、彼らの早口の

ベトナム語に目が回りそうだった。

 

3か月ほど前には、19才の従弟も留学し、大阪で寮生活だ。

だが、円安、低賃金の日本は、遊びに来るには良い国だが、

仕事で居つくには、今は魅力のない国だろう。

 

この30年は不景気の中で低迷してきたのは現実だ。

だが、まだ東南アジアでは、「日本=豊か=先進国」という幻想も

少し残っているようだ。

 

世界はどうなるかわからない。

平均年齢が50才になろうとしている国と、30才の国。

未来への志向、思考、指向は大きく違うだろう。

 

生きている限り、未来は拓けて、夢があって、楽しいもので

なきゃいけない。活力にあふれ、少し混沌とした若い国はいい。

ベトナムの未来は明るい、と思う。



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古傷

 

冬の季節になると、右の人差し指の第二関節当りがうずく。


40年前に喫茶店のバーテンダーをしている時に、タンブラーを

洗っている際にガラスが割れ、スポンジを持つ右手指をすぱっと

切ってしまった。すぐに切り傷を何針か縫ってもらったが、人手不足で

店は忙しいので、翌日から指サックをはめ、通常通りに勤務していた。

今でもうっすらと傷が透けるように見え、寒い季節になると指がうずく。

 

事故等で失った手足が、あるかのように感じる「幻肢痛」も不思議な感覚

だろうが、40年も前の小さなキズが今も痛く感じるなんてのも変だが。

 

10年前の心臓手術では、胸を正中切開で縦に胸骨から筋肉も切断したの

だから、小さな切り傷以上に長く痛みを感じるのかと思ったが、胸の

20センチ近い傷は冬の寒さにも動じない。

 

切った瞬間の痛みは麻酔中で、感覚がないのだから、記憶にも残らない。

なので案外手術痕は大きく残ってはいるが、切った痛みは残っていない。

 

心体のキズは、

大きな出来事よりも、ほんのちょっとした出来事や思い出のほうが

案外こころに引っかかっていて、あの時の一言や、あの時の瞬間が、

ふと蘇って、いまも胸に蟠(わだかま)っているのがあるよね。

 

ひとには話したくない。死ぬまで内緒。

 

ひとはみんな闇があるんだよね。生きていれば。




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木曜日

あなけん

 

俳優になった高校の同級生が年に一度、自身の出演する舞台の

案内をくれ、毎回、4~5人の同窓生を誘い、観劇している。

今回も早速、年明けに予約席を取っていただいた。

 

私はテレビや映画は見ないことはないが、彼の存在は知らなかった。

以前の会社では、若い社員に聞くと全員、よく知っていて、ドラマや

映画では、いぶし銀の脇役俳優として人気がある様だ。

 

高校時代、彼は野球部だったが、柔道の経験もあり、私も有段者

だったので、体育の授業(柔道)では未経験者の友人たちを

転がしては、いい気になっていたが、彼は謙虚で、授業中も

「いちびらず」に真面目だった。

不器用そうな男だったが、芯が強く、周辺の雑音に惑わされない

意志の強さがあったのだろう。私のような悪い仲間とは距離を

置いていたように思う。

 

ここ年来の新型コロナは、どんな職種、業界にも影響があったが

彼は演劇界では確固たる存在感があるようだ。

年明けの舞台は彼を観るのも楽しみだが、数年ぶりに会う同窓生も

いて、こちらも互いを確認し合えるのが楽しみだ。

 

年に一度でも、こういった形で同窓生たちを結んでくれる

あなけんの存在はありがたいね。




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