金曜日

集中力と老化

 

閉店後、旧遊技台の撤去をし、新しい遊技台を設置し

終わるのは台数にもよるが、午前1時くらいになる。

ここから釘調整が始まる。

近年は年中無休なので仕方ない。

 

翌朝には警察検査があり、承認が出てから

夕刻には新台のオープンだ。


台数が少なければ1時間ほどで終わるが、

列設置になると台数も多く時間がかかる。

 

人員がいれば、分担して「天まわり」「寄せ釘周辺」

「命釘まわり」をさせ、新人には数か所の「フロック」を

叩かせて練習させることもある。

 

私は新台の調整に関しては

早く、きれいに、正確に

たたける絶対的な自信があった。

それだけ多くの数量をこなしてきたし、

いろいろと工夫もしてきた。

 

やりだすと2時間、3時間と集中力を

切らせずに一心不乱に取り組む。

 

「カンカン」とリズムよく叩く釘の音と感触は

メーカーによっては堅い柔らかいもあり、楽しい。

 

30年間もこうして夜ごと興奮しながら、釘を

たたいてきた。完全に「夜型人間」だった。

 

この習慣はいくつになっても変わらないと思っていたが

今は夜10時には睡魔に襲われ、朝4時に目覚める。

 

「年寄りの早寝早起きは本当だった」

もう今は、集中力はない。





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口車

 

そのパチンコ店は、

田舎でも本当に、結構な田舎で、

山の上の峠にちかい「山の中」の場所だった。

「よくこんな場所に作ったものだ」と地元民。

 

駐車場の横には(地元では有名な)古墳があり、

夜間はネオンにつられてカブト、クワガタなど、

いまなら垂涎の昆虫がいっぱい寄ってくる。

 

「いい車がある」という社長の口車に

乗せられて入社したら、50CCバイクだった

という最悪の詐欺に遭い、私はしばらく、その

社用車「パッソーラ」で走っていた。

 

フルヘルでないと夜間、多様な昆虫がぶつかってきて

目を開けていられない。身体にもぶつかってくるので

スピードも出せない。

 

そんな場所に位置するパチンコ店が「売れた」。

 

社長から売却したので、引継ぎするようにと指示され、

行ってみると、

新社長は68才、番頭役の店長は70才。

パチンコ店の経営は初めてという。

 

私の社用車同様、

うちの社長の口車に乗せられたようだ。

 

初めてなので、しばらく慣れるまで

営業の指南をして欲しいといわれた。

 

うちの社長は「それも価格のうちのサービスだ」

と、渋々行かされた。

 

まだ28,9の若造が老人2人に手ほどきをするくらい

だからこの店の行く末は見えていたが、出来るだけの

ことはした。

 

その後10年ほど営業され、廃業した。

元手は回収できたのだろうか。 





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漫画喫茶



20年ほど前、平成14年頃か。

社長から、以前から漫画喫茶に興味があり、

やってみたい。

ということで、

市内のパチンコ店の2Fに空きスペースがあり、

開業することとなった。

このスペース、以前はビリヤードやダーツを

置くプールバーだったが、ここ数年は閉じたままだった。

 

どんな「まんきつ」にするのかイメージを固め、

全席、リクライニングシート。

上部に大型モニターを設置、ワイヤレス

ヘッドホンで視聴できるようにする。

壁際はマンガサイズのカラーボックスを

組み立て設置する。

肝心の漫画は市内のブックオフで

1万~2万冊仕入れる。

予算はあってないようなものだが、

低く抑えれば良。

 

リクライニングシートは市内の廃業した

家具店から在庫を一脚(オットー付)15000円を

30セットで45万円。

漫画は15000冊 100万円。

モニターは天井釣りの工事費込みで20万円。

カラーボックス30万。

床はタイルカーペットにし、

壁は安価のクロスで30万円ほど。

あと、ドリンクはパチンコの出入り業者に

協賛してもらいマシンとグラスは無料で

提供していただいた。

もろもろ細かい備品などを含めても

300万程度で開業した。

 

3年ほど営業したがうまくいかなかった。


アイデアは良かったと思うけど、漫画喫茶自体が

斜陽気味だったのと、単価が低すぎて、パチンコで

儲かっているのに人手を割いて

「やる意味をうしなっちゃった」んだね。

 

まあオーナーはやりたかったので、「やって」、

目的成就なわけだ。







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