土曜日

CRギンギラパラダイス

 

平成8年頃は、駐車場での子供の車内放置や

射幸性などが社会問題となっていた。

 

そのため業界団体は、当時現役で頑張っていた、

連続性の高い現金機を「社会的不適合機」として

撤去を決めた。

 

自主撤去とは言いながら、CR化を推奨していた

行政側の圧力もあり、その対象機種があまりにも

多かった為、たしか、第1から第4次に分けての

段階的な撤去となった。

 

「麻雀物語」「春夏秋冬」「アレジン」「フルーツパンチ」

「ソルジャー」「キューティーバニー」「たぬ吉くん」など

フィーバー、アレパチ、権利物、羽根物など、すべての

ジャンルで撤去されていった。

 

「おかみ」が推奨するCR機以外はダメだということだ。

 

それ以降、主力機の軸は、三洋「CRギンギラパラダイス」

CR大工の源さん」竹屋「CRモンスターハウス」などの

確率変動機タイプに移行していった。

 

特にCRギンギラパラダイスは権利物タイプとして、

ラッキーナンバー制からノーパンク営業対応可能で

当時大人気だった「アレジン」の客層を取り込み、

人気を誇った。

 

「ギンパラ」は中古価格でも高騰し、新規店舗、

リニューアル店舗では、台100万円で取引する

ホールもあり、バブっていた。

 

しかし、最初は、「アレジン」の時もそうだったが、

「ギンパラ」も業界人は、

「横スクロールはダメだ」「動きが悪い」

「アレジンはパンクがある。使えない」

など評価は低く、初期導入には慎重だった。

 

私の経験からでも、過去も現在も業界人の評価が

高かった機種ほど当たったためしがなく、

また、評価の低かった

機種が人気になるケースも多かった。

 

機械選定は、むずかしいね。








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金曜日

ストレス


大動脈弁置換手術、上行大動脈瘤人工血管置換手術。

大動脈弁をカーボン製の人工弁に、大動脈瘤のこぶ部分を

合成繊維のポリエステル(ダクロン)に置換え、

手術は5時間ほどで終わった。

検査入院が1週間、術後1週間で退院し、1週間自宅療養。

3週間で仕事復帰した。

あまりにも早くて、

会社では「盲腸の手術か」とからかわれた。

カエルの解剖のごとく、胸を縦に大きく切り開いたので、

傷跡は25センチ程度あり、どう縫ったのかわからないが、

手術の糸の縫合痕がなく、接着剤でくっつけたようで、

傷口が開きそうだ。

 復帰初日、

会社まで20キロ。高速道路を乗り、

通常なら25分程度の距離だ。


ハンドルを大きく回せない。

胸が痛くて肩より上に上げられず、

上体をひねって後ろを見ることが出来ない。

バックモニターが頼りだ。


海物語の「クジラッキー」のクッションを

胸に抱え、脇を締めハンドルを握った。

クッションがあれば不思議と痛みが和らぐ。


走り出すと、心臓がドキドキする。

緊張感が半端ない。

汗がとまらない。

わずか3週間乗らなかっただけなのに。

毎日、当たり前のように運転していたが、

胸の鼓動が治まらない。

「車の運転って、こんなにストレスがあったのか」


免許取得後30年、改めて車の運転は

「初心忘れるべからず」と気づかされました。





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木曜日

タバコ

 

はじめてタバコを喫ったのは高校年、17才になってからだ。

1日30~40本は50才まで平均的に喫煙していた。

 

パチンコ店とタバコは身近だ。

 

昭和の時代は、客が忘れて、取りに来ないタバコを

まとめて缶に詰め、サービスで置いていた。

店内のあちらこちらに百円ライターをつるしていた。

景品交換でも換金の次に多いのがタバコの交換だし、

遊技台にはそれぞれ灰皿が常備されている。

昔からパチンカーの喫煙率は高かった。

ホール係は、仕事中でも喫煙はOKだった。

缶コーヒーとタバコを飲みながら島端で待機していた。

 

映画館では上映中でも煙をくゆらせていたし、

列車の中、飛行機内でも喫っていた。

今では信じられない。

 

受動喫煙という言葉もなかったが、

昔はタバコを喫わない人は本当に

迷惑だったろうね。

 

タバコをやめて10年だが、「ニコチン」は

すっかり抜けた。歯の「やに」もきれいになくなった。

食後にも喫いたいとは思わないが、

記憶の中にはまだ残っている。


泣いて、笑って、楽しかった

あの日、あの時、あの瞬間の一服。

あぁ、つい美化してしまう。

死期が近づいたらまた、喫うかもしれない。









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